2006年04月19日

 Hrvatska & Rukomet 1

 Hrvatska 「フルバツカ」 = クロアチア
 rukomet 「ルコメット」  = ハンドボール

 rukoは手の意、nogomet=サッカーとくれば、nogoは想像がつきますね。
 
 普段は題材を決めて書いていくのですが、今回は思うままに綴ることにします。
 イビッツア・リマニッチ氏のこと・・・お名前を存じていますが、日本ハンドボール協会のプレスリリース以上のことは知らないに等しいです。けれど、フルバツカとルコメットについて、お伝えできることをここで記そうと思います。

 クロアチア男子チームの歩みをご存知の方はそう多くないかもしれません。
 1996年アトランタ五輪と2004年アテネ五輪、二大会の優勝は有名ですが、2000年のシドニー五輪には大会出場権すら得なかったことをご存知でしょうか。

 アトランタ五輪はクロアチアが独立後、最初に参加した五輪でした。その大会で国としても初めての金メダルをもたらしたのが男子ハンドボール。国中が熱狂し、彼らの勝利に湧いたと聞いています。
 
 4年後、シドニー五輪予選を兼ねた欧州選手権はクロアチアが開催国でした。
 忘れもしない2000年1月29日。彼らの最後の試合は隣国の対スロヴェニア戦、勝ったほうが五輪出場権獲得という劇的な展開になっていました。
 結果は『24対25』の一点差で敗退。会場はザグレブ、大観衆の目の前で負けたのです。試合後、コートに座り込み、いつまでも立とうとしなかった選手たちの顔を忘れることができません・・・。私が昨日の記事に記した、1度だけ機会があったのにハンド観戦に行く気になれなかった時期、それはこの1999/2000年のシーズンのことです。

 そしてさらに4年後。彼らは再びアテネ五輪で金メダルを手にしました。
 8年以上チームにいて、光も影も見たメンバーは4名、コーチとして残る1名。
 眩しい光も色濃い影も経験していること、それらが彼らの強さなのかもしれません。その強さを絶やさぬよう、後継者育成への道を進む選手は少なくありません。

 最後にまた感傷的になってしまいますが、思い出話しを・・・。

 「I can hear your voice, Yuki.」

 熊本で私が片言のクロアチア語を叫んで応援した試合後に、ある選手がそう言いました。笑って頷いていた他の選手たち。英語の時制が違うよ、canじゃなくてcouldだよって言いたかったけれど、泣きそうで言えなかった・・・私がクロアチアを応援し続けるのは、彼らの優しさと・・・この言葉があったからです。
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2006年05月24日

 Hrvatska & Rukomet 2

 今回から3回、クロアチアの3人のゴールキーパーについて書こうと思います。

Sola-san.jpg  まずは、印象的な髪型でファンの間では真似する人も多いというソラさん。クロアチア語に忠実に読むと「ショラ」が正しい発音です。
 来季からクロアチアのRKザグレブと契約、今季までハンガリーのヴェスズプレム所属(全日本男子ナショナルチームのコーチ兼通訳であるローランドさんは、ヴェスズプレムの出身だそうです)の現在3738歳。欧州選手権2006においては全チームの中でも最年長の選手でした。
 初めてお話ししたのはこの前の欧州選手権。一緒にいたピペ(スマイラギッチコーチの愛称)が紹介してくれるような形で「あれ?知らないの?会ったことない?」とソラさんと私に聞いてきたので、二人同時に首をふって「Ne」と答え、「Drago mije」(=初めまして)から会話が始まりました。
 
 ハンドボールの選手に限らず、クロアチアの人と話して感心させられるのは、日本のことをよく知っているということです。俳句は有名で割と皆さんご存知ですし、短歌との違いまで理解している人も多くいます。ソラさんは特に親日家かなという印象を受けました。『ノルウェーの森』を読んだこと、日本びいきのお子さんのことなど、話題が尽きなかったからです。
 行ったことがあるという日本の地名が出てきたので訊ねたところ、ハンドで選抜チームに選ばれての来日だったそう。5つ以上の地名を、恐らく移動した順なのでしょう、西に向かって挙げていきました。
 「17か18だったと思う・・・20年以上前だ!」と苦笑し、10代に日本を訪ねたその時の思い出が心に深く残っているよ、と言いました。
 
 以前Hiromiさんのブログで、日本でのハンド交流を目的とし、2年後に向けて準備を始めたスウェーデンの10代のお子さん達のお話しを読んだとき、ソラさんのことを真っ先に思い出しました。彼が3738になっても、日本の滞在を忘れることなく懐かしい目で語っていたように、そのお子さん達にとって忘れがたい思い出になるのだとしたら、なんと素晴らしいことなのでしょう。他の方々同様に、私も2年後まで覚えていて、何かしらのお手伝いができるといいなと思っています。

 ソラさんの名前の綴りはVlado Šola。日本では「空」という意味だよと伝えると、嬉しそうに笑った彼からは、3738歳にはとても見えない若々しさと力強さが感じられました。まだまだ現役で、あの神がかり的なセーブを魅せて欲しいです。

<後で気付いた追記>ソラさんご自身がお歳を38と連発していたので、私もそのまま書いてしまっていましたが、先程計算してみたところ、現在37歳です♪
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2006年05月30日

 Hrvatska & Rukomet 3

 elmoさんのブログで「ヨーロッパの応援」についてふれていらっしゃいました。
 以前から具体的に書きたいと思っていたので、前言撤回(GKの続きは後回し)になってしまいますが、今回はクロアチアの応援について書きます。

 まず参考になるのが、スポーツイベントの中にある「World Stars」のカテゴリーの最終回:「海外観戦のススメ」。掲載の写真はクロアチア応援団です。
 書かれている内容でひとつだけ、(記者の方の意図はどうであるかわかりませんが)「ハンドを知っている」という表現が「=素人ファンではない」という意味ではなく、ハンドボールが好き・観戦したことがある、位の意味で捉えるべきということを、私なりの解釈としてお伝えしておきます。
 
 具体的にどのような応援か・・・簡単に言うと人海戦術です。誰かが指示しているわけではないから、戦術という言葉は適切ではないのですが、とにかく「人が集まる」ということ。言葉の持つ意味通り、拡声器などの機械にあまり頼っていません(多分、最近の大会では持込禁止かと思われます)。人数が多いから人の声で十分なのですね。応援方法は、他のスポーツ(サッカーやバスケ)に似ています。

<オフェンスの場合>
 ・例えばバリッチ選手を盛り上げたいとき、「イヴァノ・バリッチ!
  (タ・タン・タ・タン・タン=手拍子)」と連呼。他の選手にも別パターンがある
 ・最初は普通の間隔で手拍子がおこり、パスのまわりが速くなってくると、
  間隔がだんだんと短くなり(ファンにはシュートが近いのがわかるんですね)、
  ゴールになったら「うおー」っと盛り上がる。
 ・チームに勢いがない時間帯は、飛びながら応援歌を歌う、声を出す

<ディフェンスの場合>
 ・とにもかくにもブーイングの嵐
 
 とにかく人数が多いので、応援方法を知らなくてもすぐに反応できます(一回応援に行ったら応援パターンはつかめてしまうでしょう)。一体になっているっていうのは、そういうことだと思います。試合が動いているように、観衆が動き、ホールが生きているように感じられます。実際、ザグレブではサポーターが足踏みをして床をドンドン鳴らすので、会場が動いていたのではないかと思われるほどでした。
  
 それと、クロアチアの応援に関しての特徴ですが・・・サポーターは応援しに行くんじゃないんです。そんな甘ったるいものじゃない。勝つのを見に行きます。勝つと思ってる、勝利の瞬間が楽しみだから行く、その時その場にいたいから行く。
 クロアチアのサポーターは自国チームが勝つことに確信を持っています。これはサッカーでも・・・ワールドカップでも同様です。 <つづく>
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2006年05月31日

 Hrvatska & Rukomet 4

 7mシュートのときですが、欧州選手権2006では音楽がかかりました。
 選手も慣れているみたいでしたし曲はよくかかるのだと思います。どういうものかというと「あら、7mになっちゃったねー」という、ファールした側を咎めるような・・・GKにプレッシャーを与えるイメージの音楽です。
 選手がシュート姿勢にはいると、オフェンス側は「ゥーウ」といううなり声をあげ、だんだんと声を大きくしていきます。そしてシュートを打った瞬間に湧く。ゴールの場合はそのまま雄叫びです。失敗すると落胆の声になります(クロアチアの場合はジョンバがほとんど打つのですが、彼はすごい確立で決めます。7mは多分現在世界一ですね)。
 
 さらに細かい内容として試合前後のこと等があるのですが、日を追って記すことにします。ここからは私が応援について考えたことを綴ります。 
 クロアチアのディフェンス時の応援は、先日記した通り「とにもかくにもブーイング」です。これはクロアチアに特徴があるとも言い切れない、他の欧州諸国も似ています。日本の選手の方々が望んでいらっしゃるという「ヨーロッパのような応援」にこれが含まれるのかどうか微妙ですね。
 他競技で親友の外国人選手が言ったことですが、「日本の応援は行儀がよい、よすぎる」。五輪出場をかけた試合会場が日本だったのですが、そのときの日本の大応援ですら「ヨーロッパの品の悪さに比べたら、too kind(=優しすぎる)!」と苦笑いしていました。
 どちらが良いとは一概に言えないのですが、私個人の意見としては、日本の方は応援するなら、多少大袈裟になるべきじゃないかなと思います。納得がいかない審判には立ち上がってブーイングするなり、罵声をあげるなりする、一時ではなく自分たちが納得する結果が出るまで。もっと意識して感情を出していくべきだと思います。それも一部の人ではなく会場の人々みんなで。逆に多くの人がすればただ一人でも一緒に感情をむき出しにしていけます。
 でも多くの人が集まってもばらばらじゃ一体にはならない。
 「人が集まる」「感情を出した応援をひとつの流れに持っていくことができる」
 両方が上手くかみ合ったとき、「ヨーロッパのような応援」がそこにあるのではないかと思います。
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2006年06月15日

 Hrvatska & Nogomet -WC98- 1

 Hrvatska & Rukomet 1 で『nogomet』の意味をお伝えしましたが、クロアチア語でサッカーです。日曜日に控えた試合を前に、ここはサッカーの話題で♪

 まず紹介したいのが、『クロアチア・サッカーニュース』。
 某テレビ番組で「クロアチアサッカー博士」の称号をもらった(実際見ていないのでわからないのですが)、長束恭行さんのブログです。
 長束さんとはクロアチア繋がりで知り合ったのですが、出会った当初はまだ日本在住でした。「夢」と語っていらした「クロアチアへの移住とサッカー三昧の生活」を、ご自身の熱意と努力で手に入れた方です。
 私たち一家がオランダ滞在時、サッカー関連の取材旅行の途中(と言っても随分と遠出になってしまったのですが)、はるばる我が家に足を運んでくれました。その時は主人(主に聞き&つっこみ担当)も参加でクロアチア情報満載の一夜。サッカーとハンドボールの話しに始まり、クロアチア人の特性や日本人との相性、サッカーの裏話等、話題が尽きることなく、それはそれは楽しい時間でした。
 
 長束さんとのお話しの中、「クロアチア人はボールに対する『粘着力』が優れている」ということで、お互い意見が一致しました。球技に強い国・・・、民族性なのかな、とか、遺伝子的に何かあるのかもね、という話しにもなりました。
 水球、バレーボール、サッカー、バスケット、ハンドボール、テニス。
 世界に轟くような結果を残したものは、球技がほとんどです。
 『粘着力』以外に『執着心』という言葉も出ました。これはボールに対してもですが、勝利への執着に対してもです。選手だけでなく、国民全体がです。

 「どこからその自信がくるのかわからないのだけど・・・勝ちを確信してるよね」
 私が発した言葉に、長束さんは大きく頷いて笑っていました。
 8年前のワールドカップ、日本対クロアチア戦。当時、私はクロアチアでその試合を観た数少ない日本人であることを、長束さんはご存知だからです。<つづく>
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2006年06月16日

 Hrvatska & Nogomet -WC98- 2

 8年前、それまでにない長い期間(と言っても2ヶ月)をクロアチアで過ごしていた私には、ひとつ疑問がありました。 「なぜ日本人だとわかる?」
 アジア出身の人同士だと、微妙に違う輪郭や顔つき、雰囲気等でお互いがどこの国の出身かわかる場合もあります。けれど街中を歩く私にクロアチアの人々が

 「決勝トーナメント出場は、もらった!」
 「勝たせてもらうぜ!!」
 「日本もいいチームだが、クロアチアが上だな!!!」

 日本人と決めつけて(当たってますが!)、頻繁に声をかけてきます。私は浴衣を着て歩いているわけでもないし、ブランド品も身に着けてないのに、なぜなぜ?
 「私は○○人よ!」(○○には日本以外の国名)と言ったら、どう反応するのかなって内心思ったりもしましたが、そこはワールドカップのシーズン。みんながそのお祭りを心から楽しんでいて、とても嬉しそうに私に話しかけるので、得意の曖昧な微笑みを返しておきました。実際、かけてくる言葉が、とてもユーモアに溢れていて、ぷっと吹き出してしまうようなこともしばしばあり、思わず話し込んでしまったこともあります。
 そんな風に街全体(私がいたのはザグレブです)・国全体が、活気に溢れていて素晴らしい時期でした。
 
 日本戦は友人二人とテレビ観戦。試合前、「Yukiはどっちの応援?」と聞かれ、「どっちも!」(当時、私はシューケル選手とボバン選手がお気に入りでした)と答えると、ふたりは少し安心したように「じゃあ、遠慮なくクロアチアの応援をさせてもらうよ」と笑っていました。遠慮なくというよりは容赦なくといった表現の方が近かったのでは、と後で思いましたが・・・。
 試合終了後、三人でザグレブで有名な肉料理店に夕飯を食べに行きました。
 おいしい食事に飲み物、デザートをたらふく食べて、日本の負けもどこへやらの上機嫌になった私。
 会計を割って払おうとすると、二人は「ここでは勝者が敗者にご馳走することになっているんだよ」と言って私からお金を受け取りませんでした。クロアチアの風習が本当にそうなのか、実は知らないのですが、ふたりの心遣いがとても嬉しくて、忘れられない一夜として記憶に残っています。<つづく>
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2006年08月08日

 Hrvatska & Rukomet 5

 日本協会IHFニュース8月5日号に掲載されていますが、2009年世界選手権の男子会場がクロアチアに決定しました。女子は中国です。

 今回のザグレブ訪問でクロアチアの新しいハンドボール情報として、嬉しいニュースと寂しいニュースをひとつずつ得ていました。
 嬉しい方が、2009年の世界選手権会場(私のザグレブ滞在時は最終決定がされていない段階)になるかもしれないということで、そうなった折には絶対にクロアチアに来るんだよ、と言われていました。
 そしてもうひとつの寂しいニュースは、ジョンバが北京五輪後にクロアチア代表を退く、ということ。
 チューリッヒでの彼の話しぶりで、何となくそんな気持ちを抱いてるのではという印象を受けたのですが、現地のスポーツ誌にも公表していました。本人が明らかにしているので問題がないと思い、ここに記します。本当に残念だけれど、だからこそ彼には北京に行って有終の美を飾って欲しい。そう願うばかりです。

 また別の話題ですが、たなかぁさんからの情報(いつも本当にありがとうございます)で、「北京プロジェクト」なるものに、クロアチアの名前があがっていました。頂いたURLは以下の通りです。

http://www.nikkansports.com/sports/p-sp-tp0-20060804-70475.html
 
 来年ドイツで行われる世界選手権に優勝した国は、五輪予選の心配がなくなるので、このプロジェクトに参加してくれる可能性は大ですね。是非とも世界選手権でクロアチアに優勝してもらって、日本に来てもらいたいです。1月、ドイツに応援に行きたいな・・・。
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2006年08月26日

 Hrvatska & Rukomet 6

 以前吉田選手のブログで紹介されていましたが、エストニアのタリンで行われていた欧州選手権U18で、クロアチアが優勝しました(2位はデンマーク、3位はスウェーデン)。次の世代にも強さが引き継がれていることが伺えます。若い選手の活躍を知ると、思い出すのが協会のホームページに掲載されるサマーキャンプの写真。
 クロアチアではハンドシーズンの終了を待った(ナショナルチームの面々は欧州各国で活躍しているため)6月下旬から数日間、スポンサー会社のひとつであるTELE2と協会が主催するTELE2キャンプが開催されます。選手たちはキャンプ地を訪問し、指導にあたりながら交流を深めます。若い選手たちにとって、ナショナルチームの選手たちと身近に触れ合えることは、夢や目標を見出せるかけがえのない経験となることでしょう。
 
LEDO.JPG スポンサーの話題でもうひとつ。
 クロアチアでは資金調達のためにナショナルチームの選手が積極的に動いているということを聞きました。知名度も高く、国民的スターであるからこそ、なせる業。スポンサー会社ledoのアイスクリームのお店の写真がこちら左。
 そして噂に聞いていたCMの動画がホームページにありました!!ご覧になる方法は少しややこしいので、後日記したいと思います。

market.JPG 最後に右の写真はクロアチアの青果市場です。オイローパさんも以前訪れたことがあったとのことで、偶然ですが、私がザグレブを訪問する数日前にブログで市場の写真を掲載してくださっていました(こちら)。オイローパさんが撮影されたものと近いアングルで私も撮っていましたので、比較してみてください。土曜のお昼前、とても繁盛していました♪
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2006年08月27日

 Hrvatska & Rukomet 7

 先日ふれました、クロアチアナショナルチームのスポンサーledoのCM・ハンドボールバージョンを見る方法をお伝えしたいと思います。
  1. ledoのお楽しみページ(←)にアクセスしますledo-CM.bmp
  2. [TV REKLAME]をクリックします
  3. 表示された画面のフィルム部分にカーソルを当てます
  4. フィルム部分の[grandissimo]にカーソルを当てクリックします(右の写真参照)
  5. [□ 512k]を(なるべく)選び、□部分をクリックします
 いかがでしたでしょうか♪
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2006年08月31日

 Hrvatska & Nogomet -WC98- 3

 クロアチア繋がりの友人である長束さんとのリンクを記念して、久しぶりにサッカーの話題を。よく考えたら、前回は8年前で話題が止まっているんですね、サッカーで書きたいこともたくさんあるのに・・・!
 
 8年前のフランスワールドカップ、日本対クロアチア戦翌日。
 トラムに乗ると、乗客はみんな応援歌&勝利歌の大合唱状態。何もなくても、ザグレブ市内中心部のカフェは人がたくさんいるのですが、その日はもう人だらけ。想像していた通り、「よ、昨日はありがとう!」「日本も善戦したよ、でもクロアチアが上だったな!!」等々、私に言葉を投げかけてきます。“ふ、やっぱりそうきたわねー”、用意していた答え「どういたしまして!クロアチアは最高ね!!」と言い続ける私でした。
 
 数日後、決勝トーナメント3位決定、クロアチア対オランダ戦。
 週末を利用して親友の別荘があるシベニックにいました。彼女と彼女の家族で、テレビ観戦をしていたのですが、1点あげるごとに彼女のお父さんはビール一気飲み。隣の棟からは、なんと猟用の銃を持ち出した彼女のお祖父さんが発砲(安全な方向にです)!街からはのろしがあがる・・・。勝利が決まった瞬間、彼女と抱き合って大喜び。そして「行くわよ!」の一声。
 そう、市の中心部へ行くのです、勝利を分かち合うために。記憶では出発したのは夜11時過ぎていたような。でも、どこの店も開いてる開いてる!街に向かう途中、車は祝いの合図でクラクションを鳴らしまくるし、若者たちは国旗を掲げたり身に着けたりして、大声を上げているし、興奮のるつぼ状態です。皆考えることは一緒、市内へ向かうため街中は交通渋滞。普段よりも随分と遠いところに駐車してカフェへと向かいました。その後3時間くらいは、お茶していたかな。
 
 とにかく国全体が応援している、と肌で感じました。そして勝ったら国全体が喜んでる。もう嬉しくって仕方ないって感じです。だから・・・負けると暴徒のようになるのでしょうね。勝って喜ぶ楽しさを奪われたって気持ちもあるのかもしれないです(わかりませんが)。
 あの空気に浸れたことは、私にとって人生でかけがえのない出来事のひとつで、クロアチアで過ごしたあるひと夏の、素晴らしい思い出です。
 
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 次回、WC98最後の話題は、人生でワースト10に入る失敗(?)のお話しです・・・ 。
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2006年09月01日

 Hrvatska & Nogomet -WC98- 4

 98年フランスワールドカップサッカーで3位という快挙を成し遂げたクロアチア。
 チームの帰国と共に凱旋パレードと祝賀式典が行われることになりました。ザグレブに戻っていた私は市内中心部で開催される式典に行こうか迷ったのですが、もみくちゃにされるのもわかっていたし、シベニックで十分その空気に浸ったので、テレビでその模様を見ることにしました。
 当時活躍していたシュティマッツ選手は大会前に『Mare i Kate』(今でも歌えます!)という歌を出して大ヒットしていました。その歌を選手全員で熱唱、有名なシンガーやバンドの面々が式典に参加して曲を披露する、オールスターのコンサート。テレビでも十分楽しめました♪
 
 翌日のお昼、私は(日本の)友人Tさんとザグレブの高台にある見晴らしのいいレストランで食事をしていました。私達の席はオープンテラスにあって、テーブル下ではレストランの(飼い?)シャム猫がごろごろ。時々かまいながら食事と会話を楽しんでいたところ、小さな女の子が私の席の下で寝転がってじゃれている猫を見にきました。可愛い女の子ですね、と話そうとしたところ「ボバン選手の娘さんのようですね」と冷静なTさん。
 「え゛!」 絶句!
 隣の席に座ろうとしていた奥さまらしき人が微笑んで、「娘が邪魔してごめんなさいね」と英語で話しかけてきました。Tさんはクロアチア語が堪能なので、すぐ傍にいるボバン選手に「ワールドカップ、3位入賞おめでとうございます・・・(その後は聞き取れない)」とご挨拶。紳士らしきボバン選手は座るのを止めて立ち上がり、「ありがとう、日本の方なのですね・・・(その後は聞き取れない)」クロアチア語で会話をしていました。私も立ち上がって奥さまと娘さんのお話しをし、「おめでとうございます。素晴らしい試合でしたね」と言いながらボバン選手と握手。奥さまは美人で品のある女性、ボバン選手はテレビで見るよりもずっと素敵な方でした。
 このとき人生ワースト10に入る失敗が・・・。カメラを持っていなかったのです!サインも求めなかった(いつも思いつかない)!我ながら泣けてきます・・・。Tさんも私も、家族同伴でいらしているプライベートなときだから挨拶程度で、という遠慮がありました。しかし後で、遠慮せずにミーハーになるべきだったかも!って大後悔しました・・・。
 
 今は携帯電話で写真が撮れるいい時代・・・皆さん、カメラは常に持って歩きましょう!という訳で、ワールドカップサッカー98の思い出話しは終了です♪
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2006年09月13日

 IDEMO, RK Zagreb! Vol.1

 クロアチアの強豪チーム、RK Zagreb。
 以前、ソラさんがハンガリーのVeszpremから移籍し、古巣であるZagrebに戻ったことをお伝えしましたが、な、なんと、ジョンバも!!!戻った!!!!!ということで、小躍りしています、私。(ザグレブにいる訳じゃないけど)おかえりっ!
 
 ジョンバは昨シーズンまでスペインの強豪、シウダッド・レアル(この前、チャンピオンズリーグで優勝したチーム)に所属していたのですが、RKザグレブが交渉していたらしいです。RKザグレブは現在、他にも数名のクロアチアナショナルチーム選手の(ザグレブへの移籍)交渉をしているとのことで、うむむ・・・。 
 私の勝手な想像ですが、クロアチアは来年のドイツでの世界選手権を視野にいれて、ナショナルチームのメンバーをザグレブに移籍させているようにも思えます。後数名、誰がザグレブに戻ってくるのかしら・・・バリッチ選手やラツコビッチ選手に期待しちゃいたいところです。
 RKザグレブはクロアチアで飛びぬけて強いチーム。チャンピオンズリーグの常連で、90年代後半は決勝まで残る常勝チームでした。RKは「Rukomet Klub」の略です。

 今季は彼らの話題を頻繁にしてしまいそうな予感・・・わくわく(もうタイトルに番号ふっちゃってるし)♪
 
<追記>RKザグレブの話題が仲井選手(Tomoさん)のブログに書かれています。Tomoさんに心からの拍手&お疲れさまと、これからも続く挑戦への激励を!
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2006年10月17日

 IDEMO, RK Zagreb! Vol.2

 ・・・やってしまいました、誤報。
 本当に申し訳ありません。ジョンバはザグレブに戻っておらず、今季はシウダッド・レアルでプレーしています。某所の記事を抜粋したのですが、よく読むと今季とも来季ともとれる内容で書かれており、実際は来季のようです、本当にごめんなさい!!

 別の話題ですが、RKザクレブの監督であり、クロアチアナショナルチームの監督であるチェルバル氏が、シーズン始まったばかりの先月末にザグレブの監督を退きました。理由はナショナルチーム監督及び議員(国会議員のはず・・・)の仕事が多忙のため、と報じられています。
 そして新監督には・・・なんと、ネナド・クリャイッチ氏!彼も熊本に来ていました。当時はドイツでプレーしていた記憶が・・・『TV Grosswalldstadt』です、確か。彼はニックネームがなく、名前でも苗字でもどっちで呼んでもいいよって言っていたひとりでした。熊本でネナドのお父さんはアトランタの監督だった(五輪後退任して、熊本のときは別の方)と聞きました。ネナドは勿論アトランタ五輪選手です。うん、懐かしい!

 チャンピオンズリーグは今のところグループ予選前半が終了、戦績は4チーム中2位で2勝1敗(1敗は対フレンスブルク)。あと3試合を行った後、2位以内ならば通過です。これから、これから!!
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2006年11月07日

 Training Camp in Hrvatska 1

 13日から全日本男子ハンドボールチームはクロアチア入りしますが、主な合宿地は Porec (ポレチュ)じゃないかなって思います。以前クロアチア出身の方が全日本男子バスケの監督をされていたときに合宿地に選んでいらしたのもポレチュです。スポーツ競技の練習・合宿等が行える設備が整っていて、クロアチアのナショナルチームも長期の合宿をよくこちらで行うそうです。
 恐らく13日にザグレブ入りし、数日のザグレブ滞在後にポレチュ入りする予定だと思います。うん?RKザグレブと練習試合したりするのかしら・・・むむむ。
 
 今回はポレチュの位置(青い○印が該当場所です)を記した地図をこちらに。イストラ半島の先端にPula (プーラ:97年夏、こちらでクロアチアハンドの合宿見学をさせていただきました。この街もやはりスポーツの練習施設が整っています)という有名な街があるのですが、さらにイタリアよりになります。イタリアのトリエステ、ヴェネチアに割と近いですね。って、ここまで説明しておきながら、ポレチュじゃなかったらすみません・・・。
 次回、ポレチュの街案内&クロアチアのお土産品などについて綴ろうと思います。
 
Porec.bmp
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2006年11月09日

 Training Camp in Hrvatska 2

 昨日に引き続き、クロアチアの話題です。が、その前に。
 クロアチア遠征が公式に発表になって、某代表選手のブログに「クロアチアの情報、自分のとこで書きますね」なんてコメントを残していたのですが、よく考えたら間に合わなかった感が・・・。全日本は既に大阪で合宿していて、宿泊先にPC持っていてもネットに繋げられるかわからない(舞州へは携帯の電波も届かないことが多い・・・)し、もしかしたらこれをご覧になるのは帰国後かもですね。
 さて、ポレチュの街についてですが、参考になるURLをいくつか。
 
 ポレチュの観光案内:http://www.istra.com/porec/ 
 (Englishを選択すると、街の地図に飛ぶTopページが表れます)

 ポレチュの世界遺産:http://whc.unesco.org/en/list/809
 (近辺の世界遺産についてもわかるので、是非ご覧ください♪)
 
 それからオパティエというヴァカンスシーズンには人でいっぱいになる有名な海沿いの都市にも滞在されるかもしれません。「アドリア海の真珠」と呼ばれるドヴロニックの次に人気のある避暑地で、テレビの天気予報では必ずこの街の(天候の)様子が放映されます。今はオフシーズンで人もまばらだと思いますが、非常に美しい港町だそうです。通過したことはあるのですが、いつか時間をかけて、訪問したいと思っている街です。
<お土産話しは次回へつづく>
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2006年11月17日

 Training Camp in Hrvatska 3

 今日はクロアチアGKソラ(ショラ)さんの誕生日。38歳と連発していた彼が実際37歳だと知ったとき記憶してしまいました。でもとうとう38歳!北京まで続けて欲しいです。
 全日本男子ハンドチームは既にポレチュ入りしたようですね。練習試合の結果が日本協会のHPに掲載中(ハンドボールエイト参照です)。既に2試合こなしているもよう。
 さてさて、クロアチア土産のお話しです。お薦め順に書いていきますね。
  1. ワイン 〜 クロアチア語でヴィノ(vino)。赤白共に美味です。海沿い(のダルマチア地方)産と内陸産ではワインの味に違いがあるのですが、詳細を忘れてしまいました・・・。
  2. 生ハム 〜 クロアチア語でプロシュート。ダルマチアの名産品。超美味なり。
  3. ネクタイ 〜 クロアチア語でクロヴァタ、クロアチアはネクタイ発祥の地です。CROATAというお店がとても有名。クロアチアに因んだ幾何学模様や風景等、センスのあるデザインのネクタイが揃っています。
  4. ペンカラ 〜 ペンカラ氏が発明した世界最初の万年筆、そのもの。ペンカラ氏は20世紀初頭を代表する発明家。両親はポーランドとオランダの出身、本人は妻と共にクロアチアに移住し国籍を得ました。
  5. KRASのチョコ 〜 クロアチアの老舗チョコレート。スーパーでも板チョコは見かけます。直営店で量り売りや箱づめにされたチョコはまた絶品。味見させてもらえます。ピーナッツチョコがお薦め(今もあるかな)♪
  6. 金細工 〜 小さな金細工。ペンダントヘッドや指輪。18金ではないのですが、日本では手に入らないようなボールやイニシャルなどモチーフが豊富です。旧市街のお店ならば文字を彫ってくれるところもあります。
 1のワインについて、リマニッチ監督がお詳しいのでアドバイスしてもらうと良いでしょう(>全日本の選手の方々)。2の生ハムは入手が困難かもです。しかし塩分控えめの美味しいプロシュートに遭遇したら、やみつきになりますよ〜。3のCROATAのお店では、ネクタイだけでなくYシャツや身の回りの小物、おしゃれなシルクのスカーフ等が売っていて、見ているだけでも楽しいです。4のペンカラは理数系の人向けです。5のチョコは買いやすくて、いいお土産だと思います。6のお店は街中でかなり見かけます。1と5に関してはザグレブの空港にありました。他に思い出したらまた書きます。
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2007年01月03日

 The 10th Anniversary

 今日3日は、クロアチアナショナルチームが今月ドイツで行われる男子世界選手権に向け、年明け初めての練習を行う日です。時差が8時間だから今は16時前、直感的にですが練習開始頃のような気がします。 

 思いおこせば10年前の昨日1月2日、クリスマスでクロアチアに一時帰国していた親友が上機嫌で「ふふふ、yukiにグッドニュースがあるのよ〜」と切り出した話し・・・それが私とハンドを結びつける始まりでした。「今年クロアチア男子ハンドボールチームが日本にくるの。ケタもヨバもね♪」

 彼女がくれたハンドボールとの関わりは今年で10年です。 
 今までに何度も記しましたが、97年の世界選手権で出会ったクロアチアの選手たちは、皆本当に優しく接してくれました。それは私が彼らのチーム付きボランティアだったから、という理由だけでは決してないと思います。
 
 日本で出会った全ての人が、彼らに優しかったから・・・
 
 皆の言動から感じとれたことでした。「みんな親切だね」「若い子も子供たちも礼儀正しいなあ」「こんなことがあったよ・・・」、自由時間の外出から帰ってくると選手やスタッフはいつも私に話してくれました。  
 お店や喫茶店など色々な場所で接した人々、村をあげて応援してくれた方々、運営スタッフ・ボランティアの人たち・・・大会を通して出会った多くの人々の優しさは、彼らにとって嬉しくありがたいものだったと思います。日本に好感を抱いてくれたから、身近にいた日本人である私にその気持ちを表していたのだと思うのです。
 
 自分が一番輝いていた頃に出会うことができた彼ら、彼らと出会った場所
 忘れがたく、私にとってハンドの故郷でもある街
 
 英語は話せなかったけれど、私を笑わすのが得意だったトモ(Tomislav Farkas)。
 チームバスで移動するごとに彼が叫んで、私だけでなく皆の笑いをも誘っていた言葉は思い出の土地・・・
 
 「く〜 くまもとっつ!」
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2007年01月25日

 Hrvatska & Rukomet 8

 対デンマーク戦が終わり、28対26でクロアチアが勝ちました!同じ時間に試合を見れることが本当に嬉しい、文字だけでない、世界の裏側からの彼らのプレーや細かい表情まで・・・。それだけで十分だと思いながら、声が届かない、やっぱりドイツに行って、声を限りに応援したいと思ってしまいます。

 予選ラウンドのクロアチアの戦いを振り返って徒然に綴ります。
 一番印象的だったシーンは対韓国戦、57分の出来事。
 クロアチア14番のヴコビッチ選手が放ったシュートが韓国のGKの顔から首のあたりに直撃し、GKは床に崩れました。ヴコビッチ選手はGKが横たわっている間ずっと声をかけて付き添い、少し休むためにベンチに戻るため立ち上がるまで傍らにいました。立ち上がって歩き始めると胸をたたいて本当にすまないと詫びている様子・・・彼の人柄がわかるような気がします。横たわる状態、負傷にあうケースもこれまで数え切れないほど見ていますが、敵チームの選手がずっと付き添っている姿を見たのは今回が初めてでした。彼は試合終了後にも、韓国のGKに肩をぽんと叩き申し訳なかったと告げていたようです。決して表面的・社交的ではない、心から心配しているってわかる光景でした。  
 それからやはり対韓国戦、41分過ぎの出来事。
 韓国のシュートが外れ、ルーズボールを手にしたズルニッチ選手。GKが少し前に出ていたのをすぐに察知し、その場で(韓国側攻撃の7MTエリアから)ロングシュート、それがゴールへ!!このプレーにベンチも応援席も大いに湧きました。
 対ロシアはフィジカルが強いチーム同士の戦いで、前2試合に比べ接触が激しかったです。勝負どころは40分から50分台後半まで、2点差での攻防が続きました(2点差以上にしなかったGKのイエルコビッチ選手に拍手)。緊迫した状態が続く中、戦意が落ちてしまうようなミスがなかったことが一番の勝因のように思います。 

 予選を通じて、クロアチアの選手層の厚さを改めて感じました。対モロッコも対韓国もクロアチアは前半で大きく差をつけたため全選手をコートに出す余裕があり、スタメンは両試合とも後半ほとんどべンチに下がっていました。バリッチ選手がベンチで自分のポジションの後輩選手に指示をする姿も見られました(いつか彼もトレーナーの道を歩むのかな)。ソラさんは肩の怪我のため今回は出場できずですが、ヴェニオと控えだったイエルコビッチ選手が活躍しています。ヴェニオのGKは、小柄な体がしなやかに反応してセーブする、ソラさんが剛ならヴェニオは柔という印象です。
  別の件で気になっているのはDFのスペシャリストで現在バリッチ選手と共にサン・アントニオに所属するドミニコビッチ選手。ドーピングコントロールで陽性判定が出て、今は出場できないそう(リマニッチ監督から先日教えていただいた情報)。ドミニコビッチ選手は昨年2月のスイスで初めて会いました。日本語で挨拶してくれて、少し話しましたがフレンドリーな明るい人。彼のプレーも楽しみだった・・・と書いているところで、彼の疑惑が晴れたとのこと!次の試合から出場できるのかも・・・長束さん、情報本当にありがとう♪

 クロアチアチームびいきだからかもしれませんが、彼らのプレーは応援する気持ちをさらにかき立てるものがあります。個人の能力が高いけれどチームとしてばらばら、ではなくて、一人一人の個人能力が集まってさらに高いものにしている、きれいな点が線になって美しい絵が描かれていくような・・・ため息が出るようなプレーが本当に多いです。
 メインラウンドは今日のように難しい試合が続くことでしょう。どうか怪我のないように、大会終了後に最高の笑顔が見れるように・・・日本から応援していきたいと思います。
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2007年04月03日

 “スポーツと共に生きている国”

 世界水泳メルボルン2007最終日の4月1日、水球でクロアチアが金メダルを獲得したとのこと!先日クロアチアに戻られたばかりの長束さんからのメールで、知ることができました。世界水泳はTVでもよく宣伝されていて、気になってはいたのですが、水球競技のことをすっかり忘れていました。水球は『プールで行うハンドボール』・『水中の格闘技』などといった異名を持つスポーツです。クロアチアはその強豪国のひとつ。日本代表チームの中には、ヨーロッパのクラブに所属して活躍されている選手の方々もいらっしゃるようです。
 
 『やっぱり、ここはスポーツと共に生きている国でありますね』
 
 長束さんからのメールの中で印象的だった言葉です。世界選手権において水球競技では初の金メダル、試合終了後には何発もの空砲がザグレブの町であがっていたそうです。98年ワールドカップサッカーで3位入賞したときの、あの興奮を思い出しました。旧市街のカフェは深夜(明け方?)まで賑やかだったことでしょう。
 スポーツと共に生きている・・・クロアチアはまさにその言葉どおりの国です。
posted by yuki at 01:22| Comment(4) | TrackBack(0) | HRVATSKA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月26日

 Adriatic Blue

 全日本男子の選手の方々がクロアチア遠征中、アドリア海の写真をブログに載せていらっしゃいました。
 
 アドリア海は英語で"The Adriatic Sea"、クロアチア語では"Jadransko more"(more=「モーレ」は海の意)と呼ばれます。
 何度か海岸で泳いだことがあります(実際のところ上手く泳げないので、「浮いていた」が的確)が、言葉では表現できない水の色でした。近くを見ると、どこまでも透んでいるのだけれど、遠くを見ると、透明かと言われればそうじゃなくて、青でもなければ緑でもない、エメラルドグリーンでもない。見ていていつまでも飽きない、魅惑的な海の色・・・バーバラと私は「アドリアティック・ブルー」と表現していました。
 
 “近くを見ると、どこまでも澄んでいる”、と記しましたが、ウニが見える位なんです、たくさん。それはもう。
 私が見るたびに「食べたい・・・」と呟くと、バーバラはいつも「クレイジーだわ〜!!」と苦笑していました。
 一番最初は、「クロアチアの人はタコを食すし、ウニも食べるんじゃないの?」って真面目に訊ねたのですが、「問題外!」と言われ、かなり毛嫌いしている様子でした。そんな彼女が近くにいるのにも関わらず、あまりの多さに、取って食べることも一瞬考えたのですが、手袋や槍がないと、無理なのですよね。素人が下手にやると危険かな、なんて思ったりもして・・・。
 でもところどころに、誰かが取って放り投げたらしき形跡があったりしました。泳ぐあたりにウニがいると邪魔だからだろうと思うのですが、どうやって取ったのかしら、やっぱり何か道具を使ったのかな・・・そんな疑問を抱きながら、ウニをじっと眺める私だったのでした(「まさか、おいしそうなんて思っちゃいないわよね」と言わんばかりのバーバラの視線を感じたけれど)。
 
 なんとなく、なのですが、全日本の方々で「クロアチア産ウニにトライしたのかな?」って思う選手がいらっしゃいます。味はどうだったのか、個人的にはとっても気になりますねえ・・・。次回の遠征はわさびと醤油、持って行ってくださいね(あ、手袋と槍もかな?)♪
posted by yuki at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | HRVATSKA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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