2006年05月04日

 新緑の頃−前編−

 4月29日土曜日、某所で開催中のバスケット・プレイオフの観戦に足を運んだ。
 普段は遠くて会えないが、とても仲のよい年下の友人に会うためだった。親友と呼べる彼女、ご主人はプロの選手で、試合観戦のために彼女は近くにきていた。観戦をしながら、久しぶりに会った彼女とお互いの近況報告をした。
 「ご両親はお元気にしてる?」
 泊まらせていただいたり、お食事をご馳走になったり、家族ぐるみでお付き合いしていたご両親のことをいつものように聞いたところ「そうか、ゆきさんは知らないはずだね。知らせていなかったね・・・」一瞬の沈黙の後、そう言った。

 9年前、熊本世界選手権のボランティアが決まってから彼女の家に遊びに行ったとき、彼女のお父さんは「すごい機会に恵まれたね」と私を激励してくれた。
 お父さんは以前、割と本格的にハンドボールをしていた方で、長身かつ体格はがっしりしていた。彼女もその血を継いで長身、スポーツ選手、さらに美しさも備えていて、モデルに誘われたことも1度ではない。一緒に歩いていると振り返る人も多い魅力的な女性だ。
 そんな美人の彼女の横顔が私の方を向き、お互い見合わせる形になった。 
 「お父さんね、亡くなったの。12月に・・・」

 癌だったそうだ。医者に3ヶ月、良くて半年と宣告されたと言う。
 「お医者さんに言われてからね、必死だったよ、私たちは。強く信じてたの。
  お父さんなら1年、3年・・・持つはずだって。でも・・・3ヶ月、だった」

 その言葉に私は激しく動揺しながらも、彼女の姿を見て、思った。
 無心で何かをしているとき・・・彼女の場合は懸命にお父さまのことを語ろうとしていたのだが・・・人は人を惹きつけることができるのだろうか。

 彼女のその姿は、今までに見たどんな姿よりも、私の心に残るものだった。
posted by yuki at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

 新緑の頃−後編−

 5月5日金曜日正午過ぎ、私は名古屋方面への名鉄に乗車していた。午前中に行きたかったところがありその帰りだった。ある人にメールを打ち終え、携帯電話から窓の外に視線を移すと、彼女の実家の近くを通っていることに気付いた。私はあまり名鉄を利用していなかったので、事前にわからなかったのだ。彼女のことを思い出し、昔の出来事を思い出した。

 9年前、熊本に向かう旅の起点、名古屋の長距離バスターミナル。ぎりぎりまでどうしても仕事をしておきたかったので、ボランティアが始まる前日の深夜バスに乗って当日早朝に熊本入りすることにしていた。夜遅くに見送りに来てくれた彼女は、和紙の封筒を私に手渡してくれた。
 「これ、お父さんから聞いてまとめておいたよ。バスに乗ってから開けてね。」
 ペットボトルのお茶と一緒にくれた封筒の中身は、ハンドボールの説明の紙だった。おしゃれな彼女にふさわしく、かわいい和紙に筆ペンでわかりやすく記されたハンドのポジションと簡単な説明。最後に書かれた「楽しんできてね」という言葉。
 それは熊本の大会期間中、2つある私のお守りのひとつだった。

 不意に思い出された様々な出来事と、彼女のお父さんのことを思い出して涙がこぼれた。彼女の試合に足を運んでいらしたとき、私を見かけると必ず声をかけてくれた。最後にお会いしたのは数年前だったけれど、お元気そうにしていらした。もう一度お会いしたかったのに・・・。

 窓からの日差しに目がくらっときたかを装って、涙を拭いた。
 外は新緑が眩しくて、大好きな桜の季節はもう過去のもの。確実に季節がめぐっていること、時間は確実に過ぎていくことを忘れるなと、私に伝えているかのようだった。
posted by yuki at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月07日

 新緑の頃・続き 1

 (5月17日 9時15分記す)

 祖母が亡くなった。享年91歳。
 
 深夜2時過ぎだっただろうか、子供の寝返りで目が覚めて、それから明け方7時過ぎまで眠れなかった。少しうとうとしたが8時には目覚ましで再び目が覚め、8時半過ぎに父からの電話があった。
 
 訃報を聞いて電話をきった後、「おばあちゃん、おつかれさま・・・」と呟いていた。涙をこらえることができたのは、子供の存在のおかげだった。泣かずに「おおおばあちゃんが、てんごくにいったよ」と伝える必要があった。
 
 ゴールデンウィークに祖母に会ったとき、覚悟するようにと告げられていた。
 あれから10日・・・「生と死」について考え続けてきたが、そのことを書き記す前に、別れの準備をしなくてはならない。
 今はただ、祖母のために、そして自分のために、今日のことをここに書いておこうと思う。そして何日が経ったときに、私が思い巡らせてきたことを記していきたいと思う。
 
 私を、そして私の子供たちを、本当に本当に可愛がってくれた祖母に・・・
 
 おつかれさま・・・。ありがとう、待っていてくれて、本当に本当にありがとう。
posted by yuki at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

 新緑の頃・続き 2

 (5月21日・昨日遅く、祖母の見送りから帰宅)

 渡蘭前、挨拶に行った時、祖母は「帰ってくるのを、元気に待ってなくちゃね」と笑って言っていた。当時から入院してはいたものの健康状態は良かった。オランダにいる間、絶えず祖母の様子を聞いていたが、3月末、そう、帰国寸前まで元気だったのだ。「もうすぐ帰ってくるね、会えるね」と言っていると聞いていた。

 帰国して間もなく母の手術があり、帰国後の忙しさと遠方であることからゴールデンウィークに訪問することを決めていた。が、訪問前に体調が急に悪くなってきたことを知らされた。

 5月3日、私が病院を訪れたとき、祖母は酸素吸入器をしていた。今日からつけていること、いつ何が起こるかわからないこと、を聞かされる。
 けれど、握った手には力があったし、私が「おばあちゃん、戻ってきたよ、オランダから帰ったよ」と言うと、「ゆきちゃん、いてるの?」と途切れ途切れだけれど、何回も繰り返して言った。私は「うん、もどったよー。オランダいいところだったよー」と答えた。祖母は吸入器を取って話したそうにするので、語りかけることがいいことなのかわからず私は混乱する。しばらく手を握って、眠りに落ちたように思われた頃、「またくるからね」、そう言って病院を後にした。

 その後数日間、帰国後の訪問のために愛知に行かなくてはならなかった。5日は家族と別行動、私は一人になる時間が欲しかった・・・。
posted by yuki at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月09日

 新緑の頃・続き 3

 (5月22日、記す)

 5月7日、再び祖母の病院を訪問する。

 祖母は手を固定されていた。治療器具を取ろうとするからだと言う。
 どうすることがよいのか、どうすることが祖母のためなのか・・・全くわからなくなり、さらに動揺する。話しをしたそうにしているのなら、そうさせてあげるのがいいのか、そのことが命を縮めてしまうことで、してはいけないことなのか、したいことをさせてあげずに生きていて欲しいと願うべきなのか・・・。
 声をかけることがかえって祖母を苦しめてしまうのかもしれないと、声にならない声で伝えるしかなかった。「おばあちゃん、ゆきだよ」と。
 誰かを応援するとき私は「がんばって」という言葉を意識して使わないようにしている。がんばっているだろう人にそれ以上のがんばってを言えないからだ。それでも会話では、思わず口をついて出てしまうことがある。けれど祖母の様子を見て、この「がんばる」という言葉が何と酷なのだろうと、そのときは思わずにはいられなかった。限界のところでがんばっている人に、この言葉は絶対に使えない。がんばってという言葉だけじゃない、どんな言葉も出てこなくなる。ただ、見ていることしかできない・・・。
 今日が最後になるかもしれないとどこかで思い、そんなことはない、まだまだ先と打ち消す、その繰り返しをしながら、どうしようもなく涙がこぼれた。
 
 ・・・この日が生前の祖母と会った最後の日となった。
posted by yuki at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

 新緑の頃・続き 5

 (5月25日、記す)

 今日になって、わかったことがある。
 祖母の死が間近に迫っていることだけが、私を動揺させたのではない。私だっていつ何が起こるかはわからない。それは誰に対しても言えることである。
 もし容態が同じ状況でも、祖母が身を起こして、以前のような口調で「おかえり」と話しかけてくれていたら(それは無理なことだったが)、あれほど混乱はしなかったのだろう。そう考えたとき、ここ2週間の自分の状態を理解したように思う。

 自分が動くときに力を使うように、その力は相手に注がれるということ。
 何かを表現するときに使われた力は、相手に取り込まれ得るということ。

 私は力が欲しかったのだ。
 祖母の自然な動きを止めさせられていた事実で、私の気力はすり減っていた。末期の治療について、祖母にどうして欲しいのか(必要ならばLiving Will)を書き記してもらうべきだったと思い、その難しさについても考え、思い巡らせる全てのことも結局、今となっては何もできないという壁にぶつかるだけだった。
 そうやって考えが堂々巡りをしていた時にハンドボールを見に行きたいと思ったのは、大きな躍動のある(身近な)競技を見ることで、憔悴し気力を失っていた自分の中に力を与えてくれると感じていたからなのだと思う。
 祖母の見送りから帰ってきて、ふとプルシェンコ選手の演技を見たときも、彼がその指先まで使う力、全ての動きに使われるエネルギーのようなものが、今まで以上に大きく大きく感じられた。私が疲れてきっていたからだと思うと同時に、彼が発する力を受け取っていたのからなのだとも思う。

 今の私はそうやって、人の動きを見たり、音楽を聴いたり、心をうつものを自分の中に取り入れることで力を得ながら、少しずつ本来の自分に戻している。

 だから・・・
 逆に、今私が書き綴ることで使う力は、きっと誰かの中にも取り込まれていく。
 誰かを応援したいという気持ちや声は、きっと相手の中にも取り込まれていく。
 そう信じて、これを記している。
posted by yuki at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月14日

 新緑の頃 おわり

 祖母のことについて生前から、『新緑の頃』として記録していましたが、書き記しながら今までの文章では触れられなかったことを、最後にここに綴りたいと思います。

 私は運良く祖母と再会することができましたが、海外に暮らしていると親や親戚や友人・・・大切な人たちの大事なとき、そばにいてあげたいときに、駆けつけることができない時があります。
 海外出身の親友が日本に滞在していた折の話しです。
 用事があって部屋をノックしたとき、明らかに泣き声で答えたので心配しながら入室すると、彼女の大切な友人の父親の『死亡確認(この表現については後日記します)』を知らされたばかりだ、と言いました。友達の元に駆けつけてあげたくても、彼女にとっては不可能なこと。「こういうときが一番辛い・・・けれど、日本に来ることは私が決めたことだから」と気丈に語っていましたが、澄んだグリーンの瞳のまわりが真っ赤だったことは、今も覚えています。
 海外でプレーするということは一見華やかに見えますが、プレーに関わること以外に抱える辛苦も多く伴います。今回記した親友の例もそうですが、暮らし(家族も一緒の場合、保険や滞在場所、ビザの申請等の諸手続き・・・大変かもしれませんが、それ以上に素晴らしいことの方が多いですね)に関しての面でも、大小さまざまにあります。
 それでも、海外でプレーすることで得られるものは、何にも変えられない価値を持っているのでしょう。昔、海外で暮らす私を日本から支えてくれた人がいたように、私も海外で挑戦する方々を応援していきたいと思います。
posted by yuki at 05:47| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月06日

 Sretan ti rodjendan!

 9月2日はえびちゃんの誕生日、おめでとう!(ブログのこと、全然言ってないけど〜)
 9月3日は大崎電気の加藤選手のお誕生日だそうです、おめでとうございます! 
 9月3日は私も誕生日。お祝いに白ワインをくださるという御方と昨日電話でお話し。歳は関係ないよねー、内面だよねーと笑っていました♪
 9月3日、ドラえもんも誕生日です(おかげで小学館からバッチをもらったことが・・・)。
 9月4日はnonさんの誕生日でした。おめでとうございます!共通のkeywords Hitが多いことに、ご縁を感じます♪(記事、真似しちゃいました!)
 9月5日、面識は全くない!のですが、ブログをリンクしている方のご家族のお誕生日だったようです。おめでとうございます(ご覧になっていないと思いますが)♪
 9月6日は河田選手のお誕生日、今日ですね、おめでとうございます!!
 9月9日は元大同の峯村選手のお誕生日だそうです。
 9月12日は田場選手のお誕生日ですね。
 9月17日はケタの誕生日のはず・・・。 
 
 おとめ座の皆さん、おめでとうございます!−PS いい日旅立ち(自分用記録)−
 あ、紀子さま無事のご出産のニュースが♪ 心よりお喜び申し上げます。
posted by yuki at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月11日

 Ground Zero

 September 11, 2001 
 Ground Zero、CNNで何度も何度も耳にすることになったこの言葉。
 
 英語に携わる身でありながら、私はこの言葉の持つ意味をあの日までは中途半端に理解していたように思う。被爆や被災によって建物が破壊されたために高さが0になってしまった地域、という意味合いでの最も被害のひどい中心部、と私は以前から思っていたのだが、Ground Zeroは被爆地・被災地の中心(0地点でそこから〜mという計測上)の意味合いだった。9/11の場合は言うまでもなく、World Trade Center のことで、広島や長崎の場合は原爆投下地点のことになる。

 この日、速報で1機めが建物に衝突する映像をテレビで見た。LIVE中継になったのか、映像が変わったとほぼ同時に2機めが衝突した。何が何だかわからなかった。
 NYにいる友人や、NYではないけれども留学時代の親友や友人のこと、誰よりもアメリカに住んでいる肉親が心配でたまらなかった。3機めが別の場所で事故にあったらしきこと、その飛行機の便名を聞いて「まさか乗っていないよね」という不安がよぎった。よく知った地名だったからだ。すぐに電話をしても全く通じなかったが、あちらが先手をうってメールを送ってくれていたので無事を確認できた。
 
 でも・・・その後に聞く、数限りない悲報・・・増え続ける犠牲者の数・・・。
 さらに2次・3次の犠牲者が発生する悲劇・・・。

 宗教の争いだけではないのも、何もかもを簡単に片付けられないのもわかっている。だけれど、キリストもマホメットもこんなことを望んで教えを広めたとはとても思えない、そんな気持ちだけが空回りしていた。
 
 私にはイスラム教徒の友人がいる。
 強くて優しい、友人であることを誇れる人。私は彼がとても好きだし、彼が信じる宗教なのだから、素晴らしいものなのだと思ってもいる。実際私が彼と親しくなったのは、彼がイスラム教徒だったからという点が大きかったのだ。優しい彼のことだから、この事件で辛い思いをしているように感じて切なくなった。
 
 あれから5年・・・。争いは常にどこにでもあって、小さなものであったり、大きなものであったり、その度にどこかで誰かが苦しんでしまう。失くすことはできないとわかっているけれど、せめてそれが人の命を奪うことのないものであって欲しい。
posted by yuki at 09:03| Comment(2) | TrackBack(1) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

 台風一過

 今日は快晴です。洗濯日和♪
 ハンド関係の方・・・チームの所在地もあって、九州地方在住の方々が多くいらっしゃいます。皆さん被害に遭われなかったですか?今は台風、もう少し寒くなると雪・・・自然もその存在を忘れるなとばかりに猛威を奮うことがありますね。皆さんが何もなく今日を迎えていらっしゃることを祈っています。

 夜(明日の記事になってしまうかも)、欧州組の試合結果をアップする予定です。
 <追記、22:20>今晩ドイツでは数試合開催予定ですので、試合結果は明後日以降にまとめてお知らせします。
posted by yuki at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

 Happy Sad Halloween

 ハロウィンの時期になると、鮮やかなオレンジ色のかぼちゃの明るい楽しさを感じると共に、ひとつの悲しい事件を思い出す。 
 1992年10月17日、当時16歳だった服部剛丈くんが、ハロウィンパーティの会場と間違えて入った個人宅で射殺されてしまった。銃を持った住居の主に"Freeze!"と叫ばれた剛丈くんが、その意味を解さずに動いてしまったために、この悲劇が起こったと頻繁に報道されていた。記憶に残っている方も多いと思う。
 
 冷凍庫という名詞 freezer、freezeは動詞で「凍らせる」。また、動きを持つもの(動物、人間、物では例えばエンジンなど)が「止まる・止める」の意。口語的な表現では、 "It's freezing outside!"(外はめちゃめちゃ寒いよ!)というものがある。
 もし・・・起きてしまったことに、仮定法は使えないのだけれど、もし、かけられた言葉が"Stop!" "Stay there!"であったなら、多分剛丈くんは意味を理解したのだろう。が、"Freeze"と突然叫ばれた場合、"Please"と聞き違えかねない。自分に銃を向けた人間をハロウィンの余興ととり、"Please"(come in が省略された形)で「どうぞ、入っておいで」と聞こえてしまったのかもしれない・・・しかしどんなに思いを巡らせても、同じ歳で同じアメリカに留学した剛丈くんが生きて帰ってくるわけではない・・・。
 
 その後国内とアメリカで署名運動が行われ、私も周りの方々に署名をお願いした。快く署名してくださる方もいれば、アメリカの政治に日本の人間が口を出せるものではないという方、銃を所持する環境を理解したくはないが否定もできないという方、色々な方がいて様々なことを考えさせられた。
 
 この事件についての詳細と、その後の働きかけ等について詳しく記されたページを見つけた(こちら)。あれから、14年という月日が流れている。

<追記:10月21日>mamamiさんのブログより、リンクを掲載させていただきます。
YOSHIの会 http://www11.plala.or.jp/yoshic/y-index.html
YOSHI基金 http://www11.plala.or.jp/yoshic/YOSHI-fund%20jp.html
posted by yuki at 10:29| Comment(6) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

 理想の目覚まし時計

 今回のお話しはハンドやスポーツの話題とは全く関係ない雑談(いや、ある部分では関係ある・・・ボールが出てくるし)なので、読んでくださっている方々の時間を無駄にしないためにも、ここでお伝えしておきます。ほんっとうに、読みたい人だけ読んでくださいね。

 私は睡眠時間が少ないと、朝アラーム音で目を覚ましても消して再び2度寝3度寝をしてしまいます。今は携帯を使っているのですがマナーモードに設定したまま寝た日には、超危険です。十分寝た場合は全く問題ありませんが、睡眠不足気味になると、かなり強力な目覚まし時計が必要になってきます。現在購入検討中です。

 で、ふと・・・思ったのですが。
 起こしてくれる目覚まし時計ってないでしょうかねー。時計が動いて、私を揺するなり蹴飛ばすなりしてくれるような時計が。まあ、それは当然無理なことでしょう・・・。
 だとしたら、「こんなのはどうかしら♪」で思いついたのが、あの、バッティングセンターにあるボールがどんどん出てくる機械(名前度忘れ中)。いえ、あの、剛速球とかはなしです、なし(まあ、ときどきカーブとかスライダーとかで他に寝ている人を当ててくれてもよいのだけれど)。ボールも野球ボールみたいに堅くなくて、もっと柔らかくて、温度センサーで人体に当たる(但し顔の部分には当たらないように設定してある)ようにして、どんどんボールが出てくる。私が起きてちゃんとアラーム機能を消すまで、ボールが当たる。そうだ!体中のツボに当たれば、癒し効果もあって一石二鳥!!でも、癒されて再び心地よい眠りについてしまいそうだし、よく考えたら機械をオフにして2度寝したら全く意味がないじゃないの。

 ああ、これぞまさにっていうような理想の目覚まし時計ないかなあ・・・って、そんなこと考える前に寝ようよ、私!
posted by yuki at 00:38| Comment(8) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

 Holiday Season

CT.jpg 自宅には季節もの用の大きな引き出しがひとつあって、ハロウィンの片付けをする際にクリスマスの飾りつけを出します。今月末の「Thanks Giving(=感謝祭)」前後から本格的にクリスマスの準備をするアメリカよりは少し早いのですが、日本に感謝祭の風習はないし、出し入れする手間を省くためです。
 ハロウィン、ボジョレー、感謝祭、クリスマス・・・全て日本本来の慣わしごとではないのですが、子供たちに一年の巡りゆく日々や季節を感じてもらうために、取り入れるものは取り入れています(あ、ボジョレーは私や主人が楽しんでいるだけですけれど)♪そうそう、今日はフランス産ボジョレの解禁日でした(11月の第3木曜。イタリア産ボジョレは解禁日を設定しておらず、欧州で11月初頭から店頭に並んでいました)。

 人の記憶はきっと、五感と密接に結びついているのでしょう。冷たい風が吹くと「ああ、あのときこんな風が吹いたなあ」と、今まで全く思い出しもしなかった昔の記憶が蘇ったりします。ケーキの甘い匂いで去年のクリスマスを思い出したり、きらびやかなクリスマスの飾りつけを見てどこかで見た豪華なイルミネーションを思い出したり。そんな風にずっと先の未来に子供たちが何かのきっかけで、「ああ、うちでこんなことをしたっけな」って思い出してもらえるように願いつつ。

 間もなくHoliday Season・・・家族が集まりクリスマスと新年を祝う休息の日々。暖かなイメージを持つ言葉。日本では師走、年末という言葉で表現されるように、先生も走り回る忙しい時期がやってきますね。ますます寒くなっていきますが、皆さん元気に走り回ってください♪

 (写真は窓辺に置いている小さなツリー。当初は飾りつけが少なくて寂しかったのですが、間もなく心温まる家族が滞在する北の国から雪だるまのクリップが到着!賑やかに彩りを添えてくれました♪)
posted by yuki at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月01日

 A Happy New Year!

 新年明けまして、おめでとうございます。
 いつも読んでくださっている皆さま、本当に本当にありがとうございます(今日、初めてこちらをご覧になってくださった方も、訪問いただいてありがとうございます)。 
 また、私の方からブログやホームページにお邪魔して知り合うことができた方々にも、いつも本当に本当にありがとうございます(連続投稿常習犯、すみません・・・)。

 皆さまにとって、2007年が素晴らしい年でありますように・・・。

 今日は徒然に思うところを少し書きます。 
 白組の勝利だった紅白ですが、私はSMAPの『ありがとう』を歌って踊って一年を終えました。この曲の歌詞には心をかなり揺さぶられましたね。
 自分の人生の中で忘れられない大切な言葉が幾つかあって、それらにいつも力づけられている、元気をもらっている。遠く離れていても、たとえ会えなくても、彼女と彼らがくれた言葉は今もずっと胸の中にあり、思い出すだけで上を向けるような、そんな力が伴っています。
 彼女と彼らのことを記そうと思って始めたこのブログから、さらに多くの人と結びついて出会って、またそういった方々から心を打たれる言葉をもらって・・・。

 去年は私にとってまさに「ありがとう」の年でした。今年は去年の「ありがとう」を思い出して、十分すぎる程にもらったものを返していきたいです。彼女や彼らがくれたもの、そしてこのブログを通じて出会った皆さんから私がもらったものを、もらうだけでなく誰かに渡していけるように・・・できる限りのことをしていきたいと思っています。
 年始に、皆さんに心からの感謝をお伝えします。Thank you、Danke、Hvara、Dank wel、カムサハムニダ・・・ありがとう♪
posted by yuki at 01:43| Comment(10) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月10日

 熱くなれ!!その後

 全国高校サッカーに盛り上がっていた私ですが、1月8日に引用した中山雅史選手の「俺の原点がここにある 熱くなれ!!」、そのままのことが起きていました。
 一昨日8日の夜、なぁんか熱いと思っていたら熱がありました。でもたいして高くないし、私は基本的に寝れば治るので、昨日は必要最低限のこと以外をせず、ゆっくり休んでいたら夕方には回復。昨晩は少し遅くなったけれど子供の誕生祝いで、焼肉を食べに行きました。しかし治りたてでぼうっとしていたのか、普段なら絶対しない、網からあげたての肉を何故かそのまま口に持ってきて唇にやけど!あつっ!!ありえない!!
 
 ・・・ふぅ
 
 とにかく熱かった2日間でしたが、今日は快調です。ビデオデッキも手に入れたし♪
 それから、色々なところで「書きます!」って公言していたハンドボール世界選手権のスケジュール、明日の記事でアップしたいと思います。大会初日まで10日をきりました。クロアチアの調整が順調であることを願いつつ。
posted by yuki at 14:41| Comment(4) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

 No Body?

 順序が反対になってしまいましたが、昨日欧州組の試合結果をアップした後、15日の記事を更新しました。その15日にあった面白い発見について、問題形式で書きたいと思います。 

 スーパーで買い物中、お菓子売場に。子供に「今日は買ってもいい?」と聞かれました。訳あって「もちろん、いいよ。選んでね」、そう答えて私も色々と品物を眺めていると・・・「え?!」っと目をひくものが!!
 今流行の食玩(しょくがん=中身の見えないおまけ付きお菓子、詳しくはこちら)ですが、もしかしたら見たことおありの方もいらっしゃるかもですね。ヒントから、この品物の名前を当ててください。

 ヒント1 ・・・ 14日に見た試合(15日の記事参照)に関係あります
 ヒント2 ・・・ ハンドボールのチーム名に似ています
 ヒント3 ・・・ 今日のタイトルがヒントです

答えはこちらです♪
posted by yuki at 00:07| Comment(2) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 1・17−祈りを捧げる日−

 12年・・・そう、あの年も干支が猪だった。

 地震発生時、愛知にいた親友は、後に私にこう語った。
 「ここにいても、揺れがすごかったの。日本に来て初めて味わった地震も恐かったけれど、あのKOBEの地震のときに日本にいたから・・・ずっとずっと地震に対する恐怖が増してる。地面が揺れるなんて信じられない、大嫌いよ」 
 1995年、親友と出会ったのは秋。神戸にも行ったが、そのときに彼女がこの話しをしたのではなく、数年後の愛知で小さな地震があったとき、一緒にいた私に言った。彼女はそのとき身震いをして、鳥肌を立てていたのを覚えている。彼女が祈りを捧げたことも。  

 95年の秋はまだ地震の爪あとが残っていた。けれども関東に住まいがあり、発生当時にその場にいなかった私が、その地震が多くの人の命を奪い、悲しみをもたらしたことを本当にわかることはない。申し訳ない思いとともにホテルの周りをゆっくりと歩き、街並みを眺めていた。後輩の姿を思い出しながら・・・。  

 神戸にボランティアとして足を運んだサークルの後輩は、その経験を私に語ろうとして言葉にならず涙を浮かべた。そのまま長い沈黙の後、ひとこといった。「だめです、伝えようとしても・・・ごめんなさい」  
 繊細な彼女のその目とその姿が全てを語っているように思えた。
 「・・・おいしいもの、食べに行こうか。神戸の人にはまだ申し訳ないかもしれないけれど」歩くのを促しながら言うと、後輩はハンカチを取り出して目をおさえながら、こっくりと頷いた。こちらに戻っても食べ物があまり喉を通らないこともあると聞いて、胸が痛んだ。

 今年、私は所用があって神戸に出向くと思う。
 鎮魂の祈りは、今日だけ捧げるものではないのだろう・・・。
posted by yuki at 10:10| Comment(8) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月21日

 道知辺

東風吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ

 東から来る(春の)風が吹く頃になったら
 その匂いを(西の大宰府まで)届けておくれ
 梅の花よ 主(の私)がいなくなったからと言って
 春を忘れるなよ

 大宰府行きを任じられた菅原道真公が詠んだ有名な和歌。
 散歩の帰り道、さわさわとした心地よい風と共にどこからか梅の香りがして、「東風吹かば」の歌と、学生時代によく天神さまの梅を見に行ったことを思い出しました。

 梅の花は昔の人が愛でたにふさわしく、雅な名前を持つものが多くあります。
 雪月花、月影、乙女の袖、春の粧(よそおい)、紅千鳥、雪見車・・・

michishirube.jpg 私の好きな梅は『道知辺』。可憐な色とやわらかな花びらの形。何よりも名前に魅かれます。

 勝負どころの人、今勝ちが欲しい人、我慢する人、待つ人、想う人・・・

 厳しい冬があるからこそ、春は暖かく嬉しいもの。
 冬の終わりに咲く梅は春へのみちしるべ、まもなく桜の季節です。
posted by yuki at 00:24| Comment(2) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月24日

 「これから」

「これから」

1年半後には北京五輪の予選が迫っている。

たった1年半後だ。

五輪に出場出来るのはアジアで1ヶ国。

決勝で韓国を吐き気がするほどのレフェリングでやぶり、
優勝したクウェート、韓国、カタール、イランなどを
全てを倒さなければ日本は五輪に出場することが出来ない。

北京五輪へ出場できるか否かは日本におけるハンドボールという
スポーツの地位を大きく変えるターニングポイントになるだろう。

大げさではなく競技の未来に繋がっていると言える。

今のままで日本は勝てるのだろうか?

競技力で韓国に、政治力で中東勢に大きく遅れをとっている現状で。

残された時間は少なく、道のりは相当に険しい。

今、そしてこれから何をするべきか?

選手、協会、すべてのハンドを愛する人が本気で考えなければならない。

僕の出来ること。

そしてこのコラムを読んでいるハンドを愛する貴方に出来ること。

それを精一杯やるしかない。

本気で。

強く信じ続ければ必ず願いは叶う。

僕はそう信じる。

 東俊介選手のブログ(旧Azumaism)に
 この文章が記されてから今日でちょうど1年。

 “自分にできることを、精一杯、本気で”

 ハンドと他のスポーツに大きな借りがあった私。

 スポーツ選手に携わる仕事の中で 
 この目で見たもの、この耳で聞いたもの、そして何よりも
 選手たちからもらった真の強さと優しさ。

 精一杯努力し、強く信じ続けることで夢を叶えた
 彼女と彼らからもらったものを
 返していかなくちゃいけない、スポーツで・・・

 本気でそう思った、本気でそう思わされた
 まっすぐに心に響く言葉だった。

 間もなく、ブログを始めて1年
 自分にできることが少しずつ広がり、大きくなった。

 私はこれから、まだまだこれから。

 あなたは?
posted by yuki at 03:16| Comment(20) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月28日

 2月28日生まれ

 今月上旬に2月生まれのJHL選手を書いていて、28日が山口修選手の誕生日と知ったのですが、なんという偶然!ジョンバも2月28日が誕生日です!!

 山口選手、お誕生日おめでとうございます♪
 Dzomba, Sretan ti rodjendan!
posted by yuki at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | My Personal Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。