1992年10月17日、当時16歳だった服部剛丈くんが、ハロウィンパーティの会場と間違えて入った個人宅で射殺されてしまった。銃を持った住居の主に"Freeze!"と叫ばれた剛丈くんが、その意味を解さずに動いてしまったために、この悲劇が起こったと頻繁に報道されていた。記憶に残っている方も多いと思う。
冷凍庫という名詞 freezer、freezeは動詞で「凍らせる」。また、動きを持つもの(動物、人間、物では例えばエンジンなど)が「止まる・止める」の意。口語的な表現では、 "It's freezing outside!"(外はめちゃめちゃ寒いよ!)というものがある。
もし・・・起きてしまったことに、仮定法は使えないのだけれど、もし、かけられた言葉が"Stop!" "Stay there!"であったなら、多分剛丈くんは意味を理解したのだろう。が、"Freeze"と突然叫ばれた場合、"Please"と聞き違えかねない。自分に銃を向けた人間をハロウィンの余興ととり、"Please"(come in が省略された形)で「どうぞ、入っておいで」と聞こえてしまったのかもしれない・・・しかしどんなに思いを巡らせても、同じ歳で同じアメリカに留学した剛丈くんが生きて帰ってくるわけではない・・・。
その後国内とアメリカで署名運動が行われ、私も周りの方々に署名をお願いした。快く署名してくださる方もいれば、アメリカの政治に日本の人間が口を出せるものではないという方、銃を所持する環境を理解したくはないが否定もできないという方、色々な方がいて様々なことを考えさせられた。
この事件についての詳細と、その後の働きかけ等について詳しく記されたページを見つけた(こちら)。あれから、14年という月日が流れている。
<追記:10月21日>mamamiさんのブログより、リンクを掲載させていただきます。
YOSHIの会 http://www11.plala.or.jp/yoshic/y-index.html
YOSHI基金 http://www11.plala.or.jp/yoshic/YOSHI-fund%20jp.html
このような事件が二度とありませんように・・
こんばんは。
以前mamamiさんのブログ記事を読んでいて、留学と関係
のあるお仕事に携わっている(いた)のかなって思った記憶が
あります(間違っていたらごめんなさい)。
私もご両親が事件後になさった働きかけに感銘を受けました。
留学機関から署名用紙とご両親が記した文書が届き、活動に
参加したのです。何枚かコピーする程、署名は集まりました。
あのような事件を2度と起こさないようにするための一歩を
服部くんのご両親のおかげで進めたのだと思いたいです・・・。
テスト
こちらからは初めましてです♪
え、消えちゃってますか!
私も昨日他のブログで長文のコメントを書いたら3回も
消えちゃってショックでした・・・今度は載ってますよー。
読めなかったけれど・・・書き込みありがとうございます♪
お時間があるときに、また書き込んでくださいね。
ブログに関連記事を書かせていただきました・
事後承諾で申し訳ありません。。
私の場合はただのボランティアです。
今は生活の中心がハンドなのでお役に立つこともありませんが。。。
一人の留学を支えるためにはたくさんの方のお力添えがあるということを知ってほしくて以前記事を書きました
今mamamiさんの記事、読ませていただきました。
ありがとうございますね。「YOSHIの会」へのリンク、
追記として載せさせてください。
私は多くの方々のお力添えをいただいた側の一人です。
折に触れ思い出して感謝したりもするのですが、もう少し
頻繁に思い出すようにしたいです・・・。