2006年05月04日

 新緑の頃−前編−

 4月29日土曜日、某所で開催中のバスケット・プレイオフの観戦に足を運んだ。
 普段は遠くて会えないが、とても仲のよい年下の友人に会うためだった。親友と呼べる彼女、ご主人はプロの選手で、試合観戦のために彼女は近くにきていた。観戦をしながら、久しぶりに会った彼女とお互いの近況報告をした。
 「ご両親はお元気にしてる?」
 泊まらせていただいたり、お食事をご馳走になったり、家族ぐるみでお付き合いしていたご両親のことをいつものように聞いたところ「そうか、ゆきさんは知らないはずだね。知らせていなかったね・・・」一瞬の沈黙の後、そう言った。

 9年前、熊本世界選手権のボランティアが決まってから彼女の家に遊びに行ったとき、彼女のお父さんは「すごい機会に恵まれたね」と私を激励してくれた。
 お父さんは以前、割と本格的にハンドボールをしていた方で、長身かつ体格はがっしりしていた。彼女もその血を継いで長身、スポーツ選手、さらに美しさも備えていて、モデルに誘われたことも1度ではない。一緒に歩いていると振り返る人も多い魅力的な女性だ。
 そんな美人の彼女の横顔が私の方を向き、お互い見合わせる形になった。 
 「お父さんね、亡くなったの。12月に・・・」

 癌だったそうだ。医者に3ヶ月、良くて半年と宣告されたと言う。
 「お医者さんに言われてからね、必死だったよ、私たちは。強く信じてたの。
  お父さんなら1年、3年・・・持つはずだって。でも・・・3ヶ月、だった」

 その言葉に私は激しく動揺しながらも、彼女の姿を見て、思った。
 無心で何かをしているとき・・・彼女の場合は懸命にお父さまのことを語ろうとしていたのだが・・・人は人を惹きつけることができるのだろうか。

 彼女のその姿は、今までに見たどんな姿よりも、私の心に残るものだった。
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2006年05月05日

 新緑の頃−後編−

 5月5日金曜日正午過ぎ、私は名古屋方面への名鉄に乗車していた。午前中に行きたかったところがありその帰りだった。ある人にメールを打ち終え、携帯電話から窓の外に視線を移すと、彼女の実家の近くを通っていることに気付いた。私はあまり名鉄を利用していなかったので、事前にわからなかったのだ。彼女のことを思い出し、昔の出来事を思い出した。

 9年前、熊本に向かう旅の起点、名古屋の長距離バスターミナル。ぎりぎりまでどうしても仕事をしておきたかったので、ボランティアが始まる前日の深夜バスに乗って当日早朝に熊本入りすることにしていた。夜遅くに見送りに来てくれた彼女は、和紙の封筒を私に手渡してくれた。
 「これ、お父さんから聞いてまとめておいたよ。バスに乗ってから開けてね。」
 ペットボトルのお茶と一緒にくれた封筒の中身は、ハンドボールの説明の紙だった。おしゃれな彼女にふさわしく、かわいい和紙に筆ペンでわかりやすく記されたハンドのポジションと簡単な説明。最後に書かれた「楽しんできてね」という言葉。
 それは熊本の大会期間中、2つある私のお守りのひとつだった。

 不意に思い出された様々な出来事と、彼女のお父さんのことを思い出して涙がこぼれた。彼女の試合に足を運んでいらしたとき、私を見かけると必ず声をかけてくれた。最後にお会いしたのは数年前だったけれど、お元気そうにしていらした。もう一度お会いしたかったのに・・・。

 窓からの日差しに目がくらっときたかを装って、涙を拭いた。
 外は新緑が眩しくて、大好きな桜の季節はもう過去のもの。確実に季節がめぐっていること、時間は確実に過ぎていくことを忘れるなと、私に伝えているかのようだった。
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2006年05月07日

 欧州組の試合結果 05/06-8

<4月28日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 植松・河田両選手のチーム デーリッチュ 24−31 ヴェッツラー
 (18チーム中18位)

<4月29日の試合結果・フランスデビジョン1>
 田場選手のチーム  ニーム 22−23 クレタイ 
 (14チーム中6位)

<4月30日・5月3日・5日の試合結果・エストニア>
 吉田選手のチーム チョコレートボーイズ 21−22 HC Kehra (アウェイ)
 (HC Kehraが3勝) チョコレートボーイズ 20−24 HC Kehra (3日・ホーム)
             チョコレートボーイズ 23−30 HC Kehra (5日・アウェイ)

<5月3日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 仲井選手のチーム デュッセルドルフ 25−31 レムゴ
 (18チーム中16位)

 植松選手・河田選手の次の試合は5月7日にホームで対ギュッピンゲン戦です。観戦に行かれる方は4月26日の記事を是非ご覧になってください♪
 そして仲井選手は、ホームのデュッセルドルフで、植松選手と河田選手の所属するデーリッチュとの試合です。足を運ばれる方は、4月21日の記事を参考になさってください。あー観にいきたい!!
 田場選手の次の試合は5月13日にホームで対イブリー戦です。 この試合を含め、フランス・デビジョン1での田場選手の予定試合は残り2となっています。
 吉田選手の次の試合は、5月7日にホームで対HC Kehra戦です。ご自身のブログによると、先に4勝したチームが勝ちだそうです。是非とも7日の試合に勝利し、10日(アウェイ)・12日(ホーム)・14日(アウェイ)の試合に繋げて勝ち続けて欲しいと思います、応援していますよー!
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2006年05月08日

 欧州組の試合結果 05/06-9

<5月7日の試合結果・エストニア速報♪> 
吉田選手のチーム チョコレートボーイズ 24−23 HC Kehra
(1勝3敗)

 「後がねぇ・・・。」と記していらした吉田選手所属のチョコレートボーイズがホームで1勝をあげました!奥さまと息子さんの願いが通じたのでしょう・・・「勝ちますように」応援しています。
 次の試合は10日にアウェイですが、敵地で勝利をあげてきてください!

 そして、いつもオイローパさん感謝です、の結果速報♪
<5月7日の試合結果・ドイツブンデスリーガ> 
植松・河田両選手のチーム デーリッチュ 28−28 ギュッピンゲン
(18チーム中18位)

 (恐らく観戦に行かれた)オイローパさんが、こちらにコメントを残してくださっていたので、結果を調べずに記すことができました。ありがとうございます。
 デーリッチュの次の試合は明後日の10日、デュッセルドルフ戦。オランダ滞在が1年違いだったら、見にいけたのになあ・・・(ぶつぶつ)。

 シーズン終了の近づく皆さんに・・・Good luck! 最後まで悔いのなきように。
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2006年05月09日

 『欧州選手権2006』にて 5

 以前に記しましたが、チューリッヒの会場では入場前に厳重な荷物検査とボディチェックがありました。2日目はスーツケースだけ手荷物預り所で保管し、前日に預けることになったバックの持ち込みを頼んだところ許可されました。実は1日目、バックの中にプレゼント用にラッピングしてあった日本酒が入っていたので、それが怪しいと思われたのかもしれません。1日目はホテルにチェックインした後だったので、貴重品をセーフティボックスに置いてくることができたのですが、チェックアウト後の2日目は手元において置きたい貴重品が多いこともあり、トートパックをどうしても持ち込みたかったのでした。
 今後、世界選手権などの大きな大会に足を運ばれる方、特に女性は、荷物を少なめにすることをお薦めします。もしくは大きなバックとは別に、貴重品を入れるのに携帯しやすい小さめのバックを持っておいたほうがいいと思います。

 入場するとすぐに、パンフレットを売るボランティアの学生さんが横に一列で待ち構えています。目の前の学生さんと目があって、にっこり笑いかけました。前日買い損ねていたので、「1部くれる?」と話しかけると、見た目にもはっきりわかるほど驚かれました。この人は買わないと思われていたのでしょうね。その驚きようはとても愛らしく「学生さんね?ボランティア?」と聞いてみました。「は、はい。そうです」と英語(スイスはドイツ語・フランス語が主です)で答えた彼は、他の学生さんたちにつつかれて照れくさそうにしていました。
 「いくらかな?」「7.5フランです」と会話をし、「10フランでお釣りあるかしら・・・」と差し出す頃には学生さんたちに囲まれていました。よっぽど売れないのかな、それともやっぱり東洋人が買うのは珍しいのかしらと苦笑しつつ、売れて喜んでいる学生さんたちの姿を見ていて楽しくなりました。みんなで2.5フランのお釣りをくれて、最後は「ありがとうございます!」の大合唱でした。
 
 3位決定戦後ジョンバと落ち合う約束をしていたので彼を探していたのですが、思わぬところでバリッチ選手と会ったり、間違えてボリ選手に声をかけたりと相変わらずのおっちょこちょいぶりを発揮していた私でした。関係者以外立入禁止区域の近辺でボランティアの子に「ジョンバを探しているのだけれど・・・」と名前を告げると、彼はジョンバのファンだと言って、喜んで探すのを手伝ってくれました。とても熱心に探してくれたのですが、帰りの便の都合もあって会場を離れなければならず、そのことを告げると空港までの行き方や所要時間などを教えてくれました。彼に「ジョンバに会ったらよろしく伝えてね」と言うと「僕も会いたいので、絶対に伝えます」と請け合ってくれました。私は前日彼と会って既に話しをしていましたし、後日メールで連絡をとるという手段がありますが、その青年に憧れの選手と話せるといいなという願いを込めて、頼んでおきました。

 心の中に爽やかな風がすっと吹くような、そんな気分にしてくれたボランティアの学生さんたち。本当に微笑ましく、また、どこの世界も変わらぬ何かを見たようで、心が落ち着きました。  
 もう2度と会えることはないのが残念だけれど、忘れがたい出来事をありがとう、と伝えたいです。

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 次回は話題が前後しますが、チェックアウトした後のホテルでの出来事です♪
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2006年05月10日

 欧州組の試合結果 05/06-10

<5月10日の試合結果・エストニア速報>
 吉田選手のチーム チョコレートボーイズ 26−29 HC Kehra
(1勝4敗)

<5月10日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 デュッセルドルフ 29−22 デーリッチュ
(18チーム中14位↑)      (18チーム中18位)
 
 只今のところ結果のみのアップです、すみません・・・。
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2006年05月15日

 欧州組の試合結果 05/06-11

<5月13日の試合結果・フランスデビジョン1>
 田場選手のチーム  ニーム 32−37 イブリー
 (14チーム中6位)

<5月13日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 仲井選手のチーム デュッセルドルフ 22−28 ネッテルシュテッド
 (18チーム中15位)

<5月14日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 植松・河田両選手のチーム デーリッチュ 31−27 メルズンゲン
 (18チーム中18位)

 田場選手の次の試合は5月20日(田場選手のHPに掲載)、もしくは21日(フランスハンドボール協会のHPに掲載・・・また日程が異なっている!)にアウェーで対トランブレ戦、最終試合です。
 植松選手・河田選手の次の試合は、5月21日にホームで対レムゴー戦です。
 仲井選手は帰国されていらっしゃいますが、チームの健闘を祈りつつ・・・。次の試合は、3月25日に架空のゴールで(こちら)問題となった対クロナウ・エストリンゲン戦の再試合、5月17日にアウェイで行われます。
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2006年05月22日

 The World's Greatest

 彼が私の目をひいたのは、その外見からだった。
 テレビ画面に映るその姿を見たとき、私は一瞬ヴェニオ(クロアチアのGK)かと思った。けれどすぐに、彼が誰なのかわかった。

 Evgeni Plushenko

 トリノ冬季オリンピックで金メダルを獲得。
 私は自分でも意外だったのだが、それまで彼を意識して見たことがなかったようだ。改めて彼の演技を見ることになったのは、ガラの再放送のときだった。
 
 演技終了後、長い間、言葉が出なかった。バイオリンの生演奏の美しさも感動を増幅させていたのだと思う。人間の動きと人間の奏でるもの、その圧倒的な力に体の震えがとまらず、しばし呆然としていた。
 
 あれから約3ヶ月。
 sukeさんのブログを拝見してふと、YouTubeにある彼の動画を思い出した。
 五輪が終了してから帰国するまで毎日一度は見ていたガラの動画日本版)。同じページに表示される彼のカテゴリーに、新しく提供された画像があった。

 Plushenko Greats small version

 1度目は画像、2度目は曲に集中して歌詞を拾い、検索にかけた。
 拾い上げた歌詞の言葉やタイトルですぐに気付くべきだったのだが、あまり頭が働かず、“When my back's against the ropes”を聞き取るまでわからなかった。この詩の“I”は神、つまり“Jesus Christ”を隠喩しているのであろう。

 バックミュージックはR Kellyによる『The World's Greatest』。
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2006年05月24日

 Hrvatska & Rukomet 2

 今回から3回、クロアチアの3人のゴールキーパーについて書こうと思います。

Sola-san.jpg  まずは、印象的な髪型でファンの間では真似する人も多いというソラさん。クロアチア語に忠実に読むと「ショラ」が正しい発音です。
 来季からクロアチアのRKザグレブと契約、今季までハンガリーのヴェスズプレム所属(全日本男子ナショナルチームのコーチ兼通訳であるローランドさんは、ヴェスズプレムの出身だそうです)の現在3738歳。欧州選手権2006においては全チームの中でも最年長の選手でした。
 初めてお話ししたのはこの前の欧州選手権。一緒にいたピペ(スマイラギッチコーチの愛称)が紹介してくれるような形で「あれ?知らないの?会ったことない?」とソラさんと私に聞いてきたので、二人同時に首をふって「Ne」と答え、「Drago mije」(=初めまして)から会話が始まりました。
 
 ハンドボールの選手に限らず、クロアチアの人と話して感心させられるのは、日本のことをよく知っているということです。俳句は有名で割と皆さんご存知ですし、短歌との違いまで理解している人も多くいます。ソラさんは特に親日家かなという印象を受けました。『ノルウェーの森』を読んだこと、日本びいきのお子さんのことなど、話題が尽きなかったからです。
 行ったことがあるという日本の地名が出てきたので訊ねたところ、ハンドで選抜チームに選ばれての来日だったそう。5つ以上の地名を、恐らく移動した順なのでしょう、西に向かって挙げていきました。
 「17か18だったと思う・・・20年以上前だ!」と苦笑し、10代に日本を訪ねたその時の思い出が心に深く残っているよ、と言いました。
 
 以前Hiromiさんのブログで、日本でのハンド交流を目的とし、2年後に向けて準備を始めたスウェーデンの10代のお子さん達のお話しを読んだとき、ソラさんのことを真っ先に思い出しました。彼が3738になっても、日本の滞在を忘れることなく懐かしい目で語っていたように、そのお子さん達にとって忘れがたい思い出になるのだとしたら、なんと素晴らしいことなのでしょう。他の方々同様に、私も2年後まで覚えていて、何かしらのお手伝いができるといいなと思っています。

 ソラさんの名前の綴りはVlado Šola。日本では「空」という意味だよと伝えると、嬉しそうに笑った彼からは、3738歳にはとても見えない若々しさと力強さが感じられました。まだまだ現役で、あの神がかり的なセーブを魅せて欲しいです。

<後で気付いた追記>ソラさんご自身がお歳を38と連発していたので、私もそのまま書いてしまっていましたが、先程計算してみたところ、現在37歳です♪
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2006年05月26日

 『欧州選手権2006』にて 6

 ホテルでチェックアウトをすませた後、振り返る形で入口を見ると、カメラクルーと思しき人たちが3名、バンのタクシーに乗り込むところでした。
 
 そのホテルにはロシアやその他の国の役員らしき人も宿泊していたので「あ!」とスーツケースをひっぱって、「もしかしてスタジアムに行きます?ハンドの?」と聞いてみました。IDを首からぶら下げているので、関係者でいらしたことは間違いないとわかっていたのですが、行き先を確認しました。
 「そうですよー、あなたも?」と聞かれ、肯くと「相乗りしましょう、どうぞどうぞ」と席を空けてくれました。私はそのとき、何を勘違いしたのかスウェーデンのテレビクルーと思い込んでいて、車中ずっとスウェーデンのハンドボール事情を尋ねていました。彼らは細かく答えてくれたのですが、どうも話しが何かとノルウェーにいくのです。ま、まさか、と思って「あのー、どちらからいらっしゃいました?」と聞くと、IDを見せてくれながら、「ノルウェーです」ときっぱり。
 「ご、ごめんなさい!勘違いしてました!」ひたすら謝ると、「あははー。そうだと思ってましたよ、だからノルウェーの話しをしていたんですけど」と笑いながら許して(?)くれました。フォローのつもりでノルウェー語で唯一知っている「スコール」(=「乾杯!」の意)の話しをしたら、今度一緒に飲みに行こうということでした。
 下りるときに2分の1のお金を払おうとすると、「あ、払う必要ないですよ」と言われました。国も間違えちゃったし、お金は払わなくちゃ、じゃあ4分の1・・・と交渉したのですが、「私たちは経費で落ちるから。3名でも4名でも値段変わらないしね」と最後まで受け取らなかったので、じゃあ今度会ったときにお支払いしますから、と伝えました。

 今度、お会いできることは・・・ないと思うのですが・・・世の中は結構広いようで狭いですから、会えないとは言い切れませんね。そう考えると前回のボランティアの学生さんたちとも、いつかチューリッヒの街や日本ですれ違うかもしれません。
 たとえお互いがわからなくても・・・。

<書き忘れていた!の追記>スウェーデンはこの大会(後日記:本戦出場を逃しているので、予選大会という意味だと思います)は若手選手に経験を積ませ、五輪への標準を合わしていた、とクルーの方たちは分析していました。
posted by yuki at 12:44| Comment(0) | TrackBack(0) | Memoirs | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

 欧州組の試合結果 05/06-13

<5月27日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 仲井選手のチーム デュッセルドルフ 28−26 ヴィルヘルムスハーフェナー
 (18チーム中14位)
 
<5月27日の試合結果・ドイツブンデスリーガ>
 植松・河田両選手のチーム デーリッチュ 31−38 クロナウ・エストリンゲン
 (18チーム中18位)
 
 仲井選手所属のデュッセルドルフ、次の試合は対プフリンゲン戦のホームで6月3日、最終試合になります。
 植松選手・河田選手はホームでの全試合を終了、次の試合は最終試合となり、6月3日アウェイで、う、フレンスブルク戦ですね。健闘を祈ります!
 
 ところでもし、このブログをご覧になっていたらですが・・・石黒選手、ドイツでの国内移動に便利なホームページのURLを記します、よかったらご参考に。ご存知の可能性大、しかも既にどこかに旅立っている可能性もありますが・・・河田選手と石黒選手、微妙な関係のお二人の足跡(某ブログのコメントのことです)、楽しみにしています♪
  
DB(ドイツ鉄道)の英語版
http://www.dbautozug.de/site/dbautozug/en/start.html

Air Berlin(ベルリン航空)の英語版、やや安め航空券
http://www.airberlin.com/site/index.php?LANG=eng

ルフトハンザ・ドイツ航空の英語版
http://www.lufthansa.com/online/portal/LH_COM
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2006年05月30日

 Hrvatska & Rukomet 3

 elmoさんのブログで「ヨーロッパの応援」についてふれていらっしゃいました。
 以前から具体的に書きたいと思っていたので、前言撤回(GKの続きは後回し)になってしまいますが、今回はクロアチアの応援について書きます。

 まず参考になるのが、スポーツイベントの中にある「World Stars」のカテゴリーの最終回:「海外観戦のススメ」。掲載の写真はクロアチア応援団です。
 書かれている内容でひとつだけ、(記者の方の意図はどうであるかわかりませんが)「ハンドを知っている」という表現が「=素人ファンではない」という意味ではなく、ハンドボールが好き・観戦したことがある、位の意味で捉えるべきということを、私なりの解釈としてお伝えしておきます。
 
 具体的にどのような応援か・・・簡単に言うと人海戦術です。誰かが指示しているわけではないから、戦術という言葉は適切ではないのですが、とにかく「人が集まる」ということ。言葉の持つ意味通り、拡声器などの機械にあまり頼っていません(多分、最近の大会では持込禁止かと思われます)。人数が多いから人の声で十分なのですね。応援方法は、他のスポーツ(サッカーやバスケ)に似ています。

<オフェンスの場合>
 ・例えばバリッチ選手を盛り上げたいとき、「イヴァノ・バリッチ!
  (タ・タン・タ・タン・タン=手拍子)」と連呼。他の選手にも別パターンがある
 ・最初は普通の間隔で手拍子がおこり、パスのまわりが速くなってくると、
  間隔がだんだんと短くなり(ファンにはシュートが近いのがわかるんですね)、
  ゴールになったら「うおー」っと盛り上がる。
 ・チームに勢いがない時間帯は、飛びながら応援歌を歌う、声を出す

<ディフェンスの場合>
 ・とにもかくにもブーイングの嵐
 
 とにかく人数が多いので、応援方法を知らなくてもすぐに反応できます(一回応援に行ったら応援パターンはつかめてしまうでしょう)。一体になっているっていうのは、そういうことだと思います。試合が動いているように、観衆が動き、ホールが生きているように感じられます。実際、ザグレブではサポーターが足踏みをして床をドンドン鳴らすので、会場が動いていたのではないかと思われるほどでした。
  
 それと、クロアチアの応援に関しての特徴ですが・・・サポーターは応援しに行くんじゃないんです。そんな甘ったるいものじゃない。勝つのを見に行きます。勝つと思ってる、勝利の瞬間が楽しみだから行く、その時その場にいたいから行く。
 クロアチアのサポーターは自国チームが勝つことに確信を持っています。これはサッカーでも・・・ワールドカップでも同様です。 <つづく>
posted by yuki at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | HRVATSKA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月31日

 Hrvatska & Rukomet 4

 7mシュートのときですが、欧州選手権2006では音楽がかかりました。
 選手も慣れているみたいでしたし曲はよくかかるのだと思います。どういうものかというと「あら、7mになっちゃったねー」という、ファールした側を咎めるような・・・GKにプレッシャーを与えるイメージの音楽です。
 選手がシュート姿勢にはいると、オフェンス側は「ゥーウ」といううなり声をあげ、だんだんと声を大きくしていきます。そしてシュートを打った瞬間に湧く。ゴールの場合はそのまま雄叫びです。失敗すると落胆の声になります(クロアチアの場合はジョンバがほとんど打つのですが、彼はすごい確立で決めます。7mは多分現在世界一ですね)。
 
 さらに細かい内容として試合前後のこと等があるのですが、日を追って記すことにします。ここからは私が応援について考えたことを綴ります。 
 クロアチアのディフェンス時の応援は、先日記した通り「とにもかくにもブーイング」です。これはクロアチアに特徴があるとも言い切れない、他の欧州諸国も似ています。日本の選手の方々が望んでいらっしゃるという「ヨーロッパのような応援」にこれが含まれるのかどうか微妙ですね。
 他競技で親友の外国人選手が言ったことですが、「日本の応援は行儀がよい、よすぎる」。五輪出場をかけた試合会場が日本だったのですが、そのときの日本の大応援ですら「ヨーロッパの品の悪さに比べたら、too kind(=優しすぎる)!」と苦笑いしていました。
 どちらが良いとは一概に言えないのですが、私個人の意見としては、日本の方は応援するなら、多少大袈裟になるべきじゃないかなと思います。納得がいかない審判には立ち上がってブーイングするなり、罵声をあげるなりする、一時ではなく自分たちが納得する結果が出るまで。もっと意識して感情を出していくべきだと思います。それも一部の人ではなく会場の人々みんなで。逆に多くの人がすればただ一人でも一緒に感情をむき出しにしていけます。
 でも多くの人が集まってもばらばらじゃ一体にはならない。
 「人が集まる」「感情を出した応援をひとつの流れに持っていくことができる」
 両方が上手くかみ合ったとき、「ヨーロッパのような応援」がそこにあるのではないかと思います。
posted by yuki at 05:51| Comment(0) | TrackBack(0) | HRVATSKA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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